鼠小僧次郎吉とは?実在の盗賊から映画・歌舞伎まで、その真実に迫る!義賊?盗賊?鼠小僧次郎吉、知られざる実像
江戸時代の義賊、鼠小僧次郎吉。盗みの腕前と大胆さで庶民の心を掴んだが、その実態は? 新アニメ、歌舞伎、映画で描かれる彼の真実とは? 権力への抵抗か、浪費家か。時代が生んだアウトロー、鼠小僧の知られざる姿を、様々な角度から紐解く。
鼠小僧次郎吉の真実
鼠小僧次郎吉はなぜ盗みを始めたのか?
生活困窮のため
盗んだ金を貧しい人に分け与えるという伝説は事実ではなかったんですね。
少し残念ですが、事実を知ることも重要です。
公開日:2024/08/19

✅ 鼠小僧次郎吉は、若い頃に2度就職に失敗し、生活に困って盗みの道へ入ったとされる。
✅ 鼠小僧は庶民から義賊と人気を博し、特に武家屋敷のみをターゲットにしていたことから、庶民に代わって悪人を懲らしめているというイメージが定着した。
✅ 鼠小僧は盗みを働くたびに「鼠小僧御能拝見」と記した上を残していったとされ、盗んだお金を貧乏人にばら撒いたという伝説もあるが、実際は何も根拠がない。
さらに読む ⇒(武将ジャパン)出典/画像元: https://bushoojapan.com/jphistory/edo/2024/08/19/161236盗賊として生き、最後は処刑されたという事実は、現代の価値観とは異なるものがありますね。
彼の生きた時代背景を考慮する必要があるでしょう。
鼠小僧次郎吉は、江戸時代後期に活躍したとされる盗賊です。
現在の日本橋人形町に生まれ、木具職人やとび職に就きましたが、25歳で父親から勘当され、生活に困って盗みの道へ入りました。
武家屋敷をターゲットにして盗みを働き、庶民から義賊として人気を集めました。
しかし、実際には庶民からは盗んでおらず、盗んだ金も貧乏人にばら撒いたという話は根拠がないようです。
鼠小僧は一度捕まり、刺青を入れられて逃亡しましたが、その後も盗みを続け、最終的に上野小幡藩の松平忠恵と遭遇し、捕らえられて処刑されました。
鼠小僧の生い立ちや行動は、自白調書から明らかになっていますが、現代人の視点からすると、就職に失敗しただけで犯罪に走る行動は理解し難いものがあります。
鼠小僧は、庶民の憧憬と現実の残酷さを象徴する存在と言えるでしょう。
就職に失敗して盗賊になった、という話は現代ではなかなか理解しにくいですね。でも、庶民の憧憬と現実を象徴する存在というのは興味深いです。
鼠小僧次郎吉の実像
ねずみ小僧の本当の姿は?
浪費癖の持ち主
義賊ではなく、ギャンブルに使っていたというのは意外な事実ですね。
庶民に人気があった理由も、少し違った見方ができそうです。

✅ 鼠小僧次郎吉は、義賊ではなく、賭博と遊興のために大名屋敷から盗みを働いていた事実が、加太こうじさんの「物語 江戸の事件史」で明かされている。
✅ 鼠小僧の実像は、貧乏人にめぐんでおらず、鳶の人足として高いところへ登る技術を盗みに利用していたことや、自白の数と実際の大名屋敷側の記録が一致しないことから、盗んだ回数は不明であることなど。
✅ 鼠小僧は、庶民からヒーロー視されたのは、徳川の権勢が弱まりつつあり、大名屋敷を狙った盗賊という行為に憧れや反感を感じていた庶民感情が、小説や講談によって義賊として美化されたためである。
さらに読む ⇒あちたりこちたり出典/画像元: https://kogotokoub.exblog.jp/22989307/ねずみ小僧はギャンブルで多くの金を使い果たしていたとは驚きです。
逮捕された際の庶民の熱狂ぶりも、彼の人となりを象徴していますね。
ねずみ小僧として有名な治郎吉は、実在の人物でしたが、義賊というイメージとは異なり、武家屋敷から盗んだ金はすべてギャンブルや吉原での浪費に費やしていました。
彼は10年間で120回以上、98箇所の武家屋敷に侵入し、合計3120両(一説に1万両)を盗みました。
しかし、貧民に分け与えたという証拠はなく、その巧みな手口と大胆な行動から庶民の間でねずみ小僧として人気を集め、ブラックヒーローとして認識されました。
彼の逮捕後、江戸中を引き回される際には化粧を施され、まるで役者のように着飾らされ、人々は彼の姿に熱狂しました。
治郎吉は用心深く、一度に多くの金は盗みませんでしたが、ギャンブルには弱く、稼いだ金はすべて浪費していました。
彼の生活は、4人の女房と転々とした生活で、盗人というよりは、犯罪者を追う岡っ引きのような性格だったのかもしれません。
彼は、ギャンブルという短所がなければ、盗みの道に進む必要もなく、穏やかな人生を送れたかもしれません。
なるほど、鼠小僧は義賊ではなく、ギャンブル狂だったんですね。でも、人々が彼をヒーロー視した背景には、当時の社会情勢があったんですね。
歌舞伎「鼠小僧次郎吉」
鼠小僧役で新たな挑戦に臨む菊之助、どんなテーマを表現する?
豊かな人生の送り方
尾上菊之助さんが令和の鼠小僧に挑戦されるのですね!コロナ禍の今、人々に希望を届けたいという思いが伝わってきます。

✅ 「二月大歌舞伎」では、尾上菊之助と尾上丑之助がそれぞれ初役で『鼠小僧次郎吉』の稲葉幸蔵と蜆売り三吉を演じる。
✅ 菊之助は、作品が今の時代に合致するのかを考え直した結果、黙阿弥が当時の世相を反映し、人々が明るく生きるためのメッセージを込めたと解釈。コロナ禍の時代に希望を届けたいと語る。
✅ 丑之助は稽古に励んでおり、菊之助は厳しくも温かい指導で、音羽屋の歴史を受け継ぎ、令和の鼠小僧に挑戦する菊之助の決意に期待が高まる。
さらに読む ⇒歌舞伎美人出典/画像元: https://www.kabuki-bito.jp/news/7296菊之助さんと丑之助さんの関係性も素敵ですね。
歌舞伎の伝統を受け継ぎ、新たな挑戦をする姿に期待が高まります。
2月1日から始まる歌舞伎座「二月大歌舞伎」では、尾上菊之助が稲葉幸蔵(鼠小僧)、尾上丑之助が蜆売り三吉を初役で演じます。
この公演では、音羽屋ゆかりの演目『鼠小僧次郎吉』が上演され、菊之助は、コロナ禍の時代に苦しんでいる方の心に灯りをともすことを目指し、作品が持つ深い意味合いやテーマを現代に伝えることを目指しています。
丑之助は、菊之助から指導を受けながら、せりふの表現や役の心情を深く理解しようと努力しており、将来有望な若手役者の成長ぶりがうかがえます。
菊之助は、先代たちの鼠小僧が体現してきた風情や音羽屋独自の美しさ、そして豊かな人生の送り方というテーマを、自身の演技で表現することを目指し、令和の鼠小僧として新たな挑戦に臨みます。
歌舞伎座「二月大歌舞伎」は2月1日から25日まで開催され、チケットはチケットWeb松竹、チケットホン松竹で購入可能です。
江戸時代後期の1797年(寛政9年)に生まれた鼠小僧次郎吉は、歌舞伎小屋・中村座の便利屋の息子として生まれました。
10歳で木具職人の家に奉公に出ますが、16歳で親元に帰り、その後、鳶職に就きます。
しかし、素行が悪く25歳の時に勘当され、荒れた生活からギャンブルに溺れ、盗みで資金を稼ぐようになりました。
鼠小僧は武家屋敷に28カ所32回も盗みに入り、28歳の時に現行犯逮捕されましたが、初犯を装って刑を逃れ、入墨のうえ江戸から追放されます。
その後、上方へと向かいますが、再び盗人稼業に戻ってしまいます。
歌舞伎の演目も、鼠小僧なんですね!音羽屋さんの歴史を受け継ぎ、令和の鼠小僧を演じる菊之助さんに注目したいです。
今回は、鼠小僧次郎吉の生涯、映画、歌舞伎を通して、彼の様々な姿を垣間見ることができました。
彼の真実を少しでも知ることができたと思います。
💡 鼠小僧次郎吉は、江戸時代に実在した盗賊で、義賊というイメージとは異なる側面も持つ。
💡 彼は映画や歌舞伎など、様々な作品で題材となり、現在も人々に親しまれている。
💡 鼠小僧次郎吉を通して、当時の社会情勢や人々の感情を垣間見ることができる。