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支倉常長と慶長遣欧使節:日本とスペイン、ローマ教皇との外交劇とは?伊達政宗の密命:支倉常長と知られざる外交の裏側

時は17世紀初頭。伊達政宗の命を受け、支倉六右衛門常長は遣欧使節として海を渡った。目的は通商交渉と宣教師派遣、そして秘められた野望とは? 異国の地で見たものは、栄光か、それとも…。常長を巡る、政宗の思惑、キリスト教の影、そして徳川幕府の策略が絡み合う、波乱万丈の冒険譚! 200年の時を超え、今、歴史の舞台が再び開かれる。

支倉常長と慶長遣欧使節:日本とスペイン、ローマ教皇との外交劇とは?伊達政宗の密命:支倉常長と知られざる外交の裏側

📘 この記事で分かる事!

💡 支倉常長は伊達政宗の命を受け、スペイン・ローマへ使節として派遣され、通商交渉や宣教師派遣を試みました。

💡 使節団はスペイン国王やローマ教皇と面会するも、日本の情勢や常長の立場が不利に働き、目的を達成できませんでした。

💡 遣欧使節の背景には、伊達政宗の思惑や、徳川家康の思惑など、様々な思惑が絡み合っていました。

それでは、支倉常長と慶長遣欧使節の足跡を辿りながら、その背景にあった様々な思惑を探っていきましょう。

支倉常長の生い立ちと伊達政宗との関わり

支倉六右衛門常長は誰の養子になった?

支倉紀伊守時正

支倉常長の生い立ちから、ヨーロッパ渡航の目的や、帰国後の悲劇的な最期までを追います。

支倉常長と慶長遣欧使節団~伊達政宗の命によりスペイン、ローマへ

公開日:2024/12/16

支倉常長と慶長遣欧使節団~伊達政宗の命によりスペイン、ローマへ

✅ 支倉常長は伊達政宗の命を受け、慶長18年にスペイン・ローマへの使節団を率いてヨーロッパへ渡航しました。目的はスペイン国王との貿易交渉とローマ教皇からの宣教師派遣の許可を得ることでしたが、実際にはスペインとの軍事同盟を結ぼうとしていたという説もあります。

✅ 常長はスペイン国王やローマ教皇と面会し、交渉を行いました。しかし、当時の日本の状況や常長の立場が不利に働き、期待した成果を得ることができませんでした。

✅ 常長は7年間のヨーロッパ滞在の後、帰国しました。しかし、帰国後すぐに伊達領内でキリシタン弾圧が始まり、常長は失意のうちに亡くなりました。常長の功績は長い間忘れられていましたが、明治時代に再評価され、歴史に名を刻むことになりました。

さらに読む ⇒歴史街道出典/画像元: https://rekishikaido.php.co.jp/detail/4063

常長のヨーロッパでの活動は、当時の日本の国際的な地位を示す興味深い事例ですね。

交渉は難航したようですが、その功績は再評価されています。

支倉六右衛門常長は、1571年(元亀2年)に生まれ、1577年(天正5年)に伯父の支倉紀伊守時正の養子となりました

1591年(天正19年)には伊達政宗の使いとして葛西・大崎の一揆に参加し、1592年(文禄元年)には政宗の朝鮮出陣に従軍しています。

1608年(慶長13年)には政宗から下伊沢の小山村など二ヶ所の知行地を与えられました。

なるほど、常長は伊達政宗の側近だったんですね。使節団の目的が、単なる貿易交渉だけではなかったという話も興味深いです。

スペインとの出会い

伊達政宗とスペイン人大使の出会いは、何を招いた?

遣欧使節派遣

支倉常長がスペインに渡航するきっかけとなった、当時の日本とスペインの出会いについて見ていきましょう。

支倉常長、慶長遣欧使節
支倉常長、慶長遣欧使節

✅ 1613年、日本の商人長曾我部宗茂は、メキシコに渡航し、スペインのフェリペ3世に謁見することを目指しました。

✅ 長曾我部宗茂は、サン・ファン・バウティスタ号という船に乗り、10月28日に出航し、1614年1月28日にメキシコのアカプルコに到着しました。

✅ 宗茂は、メキシコシティを目指して陸路を移動し、3月24日に到着しました。

さらに読む ⇒؎̖́؎ŒԂ出典/画像元: http://www.stampmates.sakura.ne.jp/Gv-jHsekra.html

長曾我部宗茂のメキシコ渡航は、常長の遣欧使節とはまた違った意味で、当時の日本とスペインの関係を示す出来事ですね。

1611年(慶長16年)、伊達政宗とスペイン人大使ビスカイノが江戸路上で偶然出会い、仙台城でビスカイノをもてなしました。

この出会いが、後に伊達政宗が支倉常長を遣欧使節としてスペインに派遣するきっかけとなりました

伊達政宗とスペイン人大使の出会いが、あの遣欧使節に繋がったんですね!歴史って面白い!

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伊達政宗の野望!支倉常長を遣欧使節に。スペインとの同盟、交易、そして徳川家康との駆け引き。波乱万丈の航海の結末とは?