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日本のリンゴの歴史!品種、栽培、未来への展望とは?日本のりんご、そのルーツから未来まで

日本のリンゴ、その甘酸っぱい歴史を紐解く!明治初期の導入から、品種改良、激動の時代を経て、今や食卓に欠かせない存在に。名品種「ふじ」誕生秘話や、温暖化という新たな試練も。家系図で品種のルーツを辿り、未来のリンゴ産業を展望する、知的好奇心を刺激する物語。

日本のリンゴの歴史!品種、栽培、未来への展望とは?日本のりんご、そのルーツから未来まで

📘 この記事で分かる事!

💡 明治時代の品種導入から始まり、日本の風土に合った品種が選定され、りんご産業が発展。

💡 「国光」や「紅玉」などの品種が日本のりんごを支え、その後「ふじ」が主流に。

💡 地球温暖化など、変化する環境に対応しながら、未来へ向けた取り組みが行われている。

それでは、日本のリンゴの歴史を紐解いていきましょう。

日本のリンゴ産業の黎明期~品種の導入と統一

日本のリンゴ栽培、いつから?

明治初期から

本日は日本のりんごの黎明期について紐解いていきたいと思います。

りんごの原点「国光」

公開日:2017/12/11

りんごの原点「国光」

✅ 「国光」は、かつて日本のりんご産業を支えた主要品種であり、硬い果肉と独特の酸味が特徴で、生食だけでなく、焼きりんごやジャムなどにも使われていた。

✅ 近年、主力品種が「ふじ」などに移り変わったため、生産量は減少し、市場で見かける機会は少なくなったが、近年は「紅玉」のように、その個性的な酸味が再び注目されている。

✅ 「国光」は、現在では生産量が少なくなりつつあるものの、「ふじ」などの人気品種の血統に受け継がれており、その遺伝子は今後も日本のりんご産業に貢献していくと考えられる。

さらに読む ⇒まるごと青森出典/画像元: https://www.marugotoaomori.jp/blog/2008/02/2092.html

「国光」が日本のりんご産業を支えた中心的な品種であったこと、そしてその遺伝子が「ふじ」などの品種に受け継がれていることに、歴史の重みを感じますね。

日本のリンゴ産業は、明治初期に外国から品種を導入したことから始まりました。

1872年、北海道開拓使がアメリカからリンゴの苗木を導入したのが、日本への公式なリンゴ導入の始まりです。

その後、内務省勧業寮がフランスから多くの品種を導入し、明治時代に約270品種が日本に伝わりました。

これらの品種には、すべて英名またはフランス名の原名がついていましたが、日本では「国光」、「紅玉」、「祝」、「旭」など、親しみやすい呼び方で呼ばれていました。

しかし、各地で独自の品種名をつけたり、導入順に符号をつけたりするなど、品種名は混乱していました。

そのため、1894年に「苹果名称統一協議会」が発足し、1900年には「国光」、「紅玉」など56品種の全国統一品種名が決定されました。

1911年には、恩田鉄弥氏が56品種の中から37品種を将来にわたり奨励すべき品種として選定しました。

これらの品種は、比較的降水量の多いアメリカ東部で育成されたもので、日本の風土に適合したため、日本のリンゴ産業を支え続けてきました

現在、青森県弘前市には「りんご初生はつなりの碑」があり、つがる市桑野木田には樹齢140年の「日本一の古木りんご樹」が存在しています。

これらの樹は、日本のリンゴ産業の歴史を物語る貴重な証人です。

なるほど、明治時代に様々な品種が導入され、最終的に「国光」や「紅玉」が中心になったんですね。品種名の統一化も興味深いです。

和リンゴから西洋リンゴへ~日本のリンゴ栽培の起源

日本のリンゴ栽培、誰が、どこで始めた?

明治2年、七飯町でガルトネル

七飯町は西洋りんごの発祥の地なのですね。

貴重な情報です。

七飯町のブランドりんご「ななみつき」

公開日:2021/04/21

七飯町のブランドりんご「ななみつき」

✅ 七飯町は、西洋農法や西洋リンゴの発祥地といわれ、幕末から明治初期にかけてドイツ人ガルトネルがリンゴの苗木や農器具を持ち込み、開拓使の七重官園が作られた場所です。

✅ 七飯町で栽培された「ぐんま名月」という品種のリンゴは、開拓使が北米から持ち込んだ「国光」や「紅玉」の遺伝子を引き継いでおり、「ななみつき」というブランド名で贈答用に販売されています。

✅ 「ななみつき」は黄色いリンゴで、甘みが強く、みずみずしいのが特徴です。酸味が少なく、シャキシャキとした食感が魅力で、生産量が少ないため見かけたらぜひ試してみてください。

さらに読む ⇒北海道の地産地消情報||イーハトーヴ北海道|北海道のフリーペーパー出典/画像元: https://ihatov.hokkaido.jp/featured/post-1719/1719/

和リンゴから西洋リンゴへの移行、そして七飯町での栽培の始まり。

歴史を感じますね。

「ななみつき」というブランドのりんごも美味しそうですね!。

日本のリンゴの歴史は、平安時代中期に観賞用の「和リンゴ」が中国から渡来したことから始まります。

その後、明治4年にアメリカから西洋リンゴの苗木が輸入され、栽培が本格化しました。

現在の市場に出回っているのは主に西洋リンゴで、和リンゴはほとんど作られていません。

西洋リンゴの初栽培は、明治2年に北海道七飯町の七重村農場で行われました。

ドイツ人農業指導者のR.ガルトネルが母国から苗木を取り寄せ、日本で初めて栽培を行いました。

その後、七重官園となり、明治10年には菊池楯衛が接木や苗木の仕立てなどの技術を学んだことで、青森県でのりんご栽培が盛んになりました。

七重官園はまさに、日本のリンゴ王国の基礎を築いたと言えるでしょう

西洋リンゴの栽培が明治時代に始まったんですね!七飯町がそんなに重要な場所だったとは知りませんでした。今度「ななみつき」を探してみます!

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日本のりんご品種の歴史を紐解く!「ふじ」誕生秘話から、温暖化による変化まで。品種改良の系譜を家系図で徹底解説!