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米騒動とは?民衆の怒りが爆発した大正時代の米騒動を徹底解説!米騒動、魚津から全国へ。大正時代の社会不安と民衆の反乱

大正7年、米価高騰に民衆が立ち上がった!富山から始まった米騒動は全国へ。食糧難、投機、政府の無策が暴動を招き、内閣を倒す事態に。新聞報道が騒動を加速させ、社会不安を浮き彫りに。旧十二銀行は発祥の地として今も歴史を語る。近代日本の転換点となった米騒動の真実を、当時の新聞記事から読み解く!

米騒動とは?民衆の怒りが爆発した大正時代の米騒動を徹底解説!米騒動、魚津から全国へ。大正時代の社会不安と民衆の反乱

📘 この記事で分かる事!

💡 米騒動は、1918年(大正7年)に富山県魚津市で発生し、全国に拡大した民衆暴動です。

💡 米価高騰を背景に、米の移出阻止を求めた主婦らの行動が発端となり、政府を揺るがす事態に発展しました。

💡 米騒動は、寺内内閣の退陣や、日本初の本格的な政党内閣の誕生に繋がり、日本の歴史に大きな影響を与えました。

それでは、米騒動が起きた背景や、その後の影響について詳しく見ていきましょう。

まず、米騒動の勃発と拡大についてです。

米騒動の勃発と拡大

大正7年の米騒動、何が引き金?

米価急騰と輸送阻止

この章では、米騒動がどのように広がったのか、特に炭鉱での労働争議に焦点を当てて解説します。

年米騒動
年米騒動

✅ 1918年の米騒動は、8月10日に京都と名古屋で発生し、全国に広がった。騒動は都市部から農村、そして炭鉱へと広がり、特に8月17日以降、山口県、福岡県、熊本県の炭鉱で労働争議に発展した。

✅ 山口県の炭鉱では、賃上げ交渉が決裂したことに伴い、炭鉱夫約3,000人が炭鉱の責任者の自宅や商店などを襲撃し、陸軍が出動して発砲により13人が死亡した。

✅ 福岡県と熊本県では、炭鉱夫がダイナマイトを使用したとの情報が流布されたが、これは陸軍による捏造であり、実際にダイナマイトは使用されなかった。炭鉱夫の賃上げ要求と、それに伴う暴動は、米騒動が広がった結果、炭鉱労働者にも影響を与えたことを示している。

さらに読む ⇒出典/画像元: https://www.wikiwand.com/ja/articles/%E8%B6%8A%E4%B8%AD%E5%A5%B3%E6%88%BF%E4%B8%80%E6%8F%86

炭鉱での争議が米騒動の一部として扱われているのは興味深いですね。

賃上げ要求がなかなか聞き入れられなかった状況が、暴動へと繋がったということがよくわかります。

1918年(大正7年)、第一次世界大戦後の好景気とシベリア出兵による食糧需要増加により、米価が急騰しました。

特に富山県魚津市では、北海道への輸送船「伊吹丸」が寄港した際に、住民が米商店に米の移出阻止を求めたことから、米騒動が勃発しました。

この騒動は全国に広がり、米問屋などが襲撃され、政府は暴動鎮圧のために軍隊を派遣する事態にまで発展しました。

この米騒動は、当時の社会不安と政府の対応の遅れを反映しており、寺内内閣の退陣に繋がり、その後、原内閣が誕生し、食糧政策の改善などが図られました。

なるほど、米騒動は食料問題だけでなく、労働問題とも深く関わっていたんですね。当時の社会情勢が手に取るように分かります。

米騒動の背景と全国への拡大

米騒動、なぜ各地で起こった?

物価高騰と政府の無策

この章では、米騒動がなぜ全国へと拡大したのか、その背景について詳しく説明します。

富山県魚津市・米騒動はここから始まった~米騒動発祥の地】
富山県魚津市・米騒動はここから始まった~米騒動発祥の地】

✅ 大正7年(1918年)7月23日、富山県魚津町(現在の魚津市)で、漁師の主婦らが、北海道への米の輸送を行うため寄港した「伊吹丸」に対して米の積み出しをやめるよう要求した事件が、米騒動の発端となりました。

✅ 米価の高騰により困窮していた漁師の主婦らが、米の積み出しを阻止したことで、この事件は富山県内に広がり、全国的な規模に発展しました。

✅ 米騒動は、当時の内閣を総辞職に追い込み、日本で最初の本格的な政党内閣の誕生につながるなど、社会に大きな影響を与えました。

さらに読む ⇒季節の話題(長野県内の市町村)出典/画像元: http://wingclub.blog.shinobi.jp/%E3%80%90short%20trip%E3%80%91%E5%8C%97%E9%99%B8/%E3%80%90%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E7%9C%8C%E9%AD%9A%E6%B4%A5%E5%B8%82%E3%83%BB%E7%B1%B3%E9%A8%92%E5%8B%95%E3%81%AF%E3%81%93%E3%81%93%E3%81%8B%E3%82%89%E5%A7%8B%E3%81%BE%E3%81%A3%E3%81%9F%EF%BD%9E%E7%B1%B3%E9%A8%92%E5%8B%95%E7%99%BA%E7%A5%A5%E3%81%AE%E5%9C%B0%E3%80%91

米騒動の発端が、漁師の主婦らの行動だったという点が印象的です。

彼女たちの行動が、全国的な騒動に発展したというのは、当時の社会状況を考えると理解できますね。

米騒動の背景には、第一次世界大戦による米の輸入量減少、米商人の投機による価格操作、そして当時の政府の無策などが存在していました。

富山県魚津町では、漁民の妻女らが米の移出阻止を求めたことから騒動が始まり、富山県各地に広がりました。

その後、全国紙で報道されたことで、岡山県、和歌山県、香川県、愛媛県などでも同様の騒動が起こり、名古屋や京都などの都市部にも拡大しました。

さらには、軍隊が出動する事態にまで発展し、都市部から農村部へと広がり、炭鉱暴動まで発生しました。

米の価格高騰が、こんなにも大きな社会現象を引き起こすとは驚きです。当時の人々の生活がいかに大変だったのかが分かります。

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大正時代の米騒動を新聞報道から読み解く!富山発、全国へ広がった民衆の怒りと社会変化を分析。歴史的事件の真実に迫る。