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即身仏とは?〜過酷な修行と信仰、現代に残る生き仏の謎?即身仏の歴史と現代における意義

江戸時代に隆盛を極めた即身仏。過酷な修行を経て仏となった僧侶たちは、人々の救済を願い、今もなお生き仏として崇められています。飢饉や病に苦しむ人々を救うため自らの命を捧げた姿は、現代にも希望と勇気を与え続ける。その起源、修行方法、そして現代における意義を探る。全国に現存する17体の即身仏を通して、死を超越した信仰の世界へ。

即身仏とは?〜過酷な修行と信仰、現代に残る生き仏の謎?即身仏の歴史と現代における意義

📘 この記事で分かる事!

💡 即身仏とは、厳しい修行の末にミイラ化した僧侶のことで、全国に17体存在します。

💡 即身仏の起源は室町時代に遡り、日本最古の即身仏は弘智上人です。

💡 即身仏は、飢饉や病から人々を救済するため、自らの体を捧げた僧侶たちの姿です。

本日は即身仏について、その起源から現代における意義まで、様々な側面からご紹介いたします。

即身仏の始まりと目的

即身仏の目的は?なぜ自らの命を捧げたの?

人々の救済のため、平和と幸福を祈願した。

即身仏は、真言宗寺院を中心に安置され、江戸時代には湯殿山信仰と深く結びついていました。

厳しい修行を経て土中入定を行った一世行人が即身仏となったと伝えられています。

即身仏:厳しい修行の果てに涅槃(ねはん)を目指したミイラ仏

公開日:2023/07/01

即身仏:厳しい修行の果てに涅槃(ねはん)を目指したミイラ仏

✅ 即身仏は、ミイラ化した修行者の遺体であり、真言宗寺院を中心に安置されている。山形県の庄内地方や置賜地方に多く、江戸時代には湯殿山信仰の拠点である寺院が護持していた。

✅ 即身仏となったのは、湯殿山で修行した一世行人と呼ばれる下層の宗教者で、厳しい修行を経て土中入定を行ったと伝えられている。しかし、実際には死後に加工が施されており、土中入定の伝承は史実と異なることが判明している。

✅ 江戸時代には、天台宗との対立の中で、真言宗が湯殿山での一世行人の修行を通じて布教活動を行い、即身仏を生み出した。その代表例である鉄門海上人は、布教活動や社会事業にも貢献し、民衆の支持を集めた。

さらに読む ⇒nippon.com出典/画像元: https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02008/

即身仏は、人々の幸せを願う強い意志によって生み出された存在であり、その背景には当時の社会情勢が影響していることが伺えます。

人々の幸せを願い、自らの命をかけて仏となった「即身仏」は、江戸時代に信仰が盛んでしたが、現代では法律に抵触する可能性があるため、その修行は行われていません

即身仏とは、厳しい修行に耐え、ミイラ化した僧侶のことで、現代でも寺院で崇められています。

彼らは、自らの原型を保ったまま、今もなお人々の救済を祈り続ける生き仏であり、全国に17体存在します。

即身仏の起源は、室町時代に遡り、日本最古の即身仏は弘智上人です。

空海も肉身仏に触発され、日本に即身成仏思想を伝えました。

即身仏は、真言宗系の僧侶が肉体を持ったまま仏となることを目指し、過酷な修行を経てミイラ化したものです。

彼らは、飢饉や病などの苦しみから人々を救済するため、自らの体を捧げました。

その目的は、人々のために平和と幸福を祈願し、病や貧困から救いたいという願いがあったのです。

即身仏の信仰は、人々の苦難を救おうとする強い思いから生まれたのですね。興味深いです。

過酷な修行の詳細

即身仏になるための過酷な修行、一体どんなもの?

木食行と土中入定で、自己犠牲と祈りを捧げる。

即身仏となるための修行は、木食行や土中入定など、非常に過酷なものでした。

肉体を極限まで追い込むことで、死後、即身仏となりやすい体質を目指しました。

即身仏になるための修行とは?

公開日:2022/05/31

即身仏になるための修行とは?

✅ 即身仏になるためには、生前に徳を積み、信者からの信仰を集めることが前提となる。

✅ 湯殿山系では、仙人沢での山籠り、千日行、五穀・十穀断ちの木食行、土中入定といった厳しい修行が行われた。

✅ 木食行は、徹底した食事制限により肉体を枯渇させ、死後、即身仏になりやすい体を作ることを目的としていた。

さらに読む ⇒ 日本秘境探訪(即身仏・五重塔・三重塔・一之宮・滝・棚田・墓・元寇史跡・聖地巡礼)出典/画像元: http://syakeassi.xsrv.jp/434

木食行や土中入定は、想像を絶する苦行だったと思われます。

その過程には、強い精神力と覚悟が必要だったのでしょう。

即身仏となるための修行は、まず1000日から5000日かけて五穀などを断つ「木食行」を行い、体を清めます。

これは肉体の脂肪分を落とすため、木の皮や実のみを摂取し、時には漆を飲んで体を防腐処理を施します。

次に、座禅を組み、地下に埋められ、断食と読経を続ける「土中入定」を行います。

深さ約3mの石室に入り、鈴を鳴らし、お経を唱え続け、鈴の音が聞こえなくなると入定となります。

3年3ヶ月後に掘り起こされ、体が残っていれば即身仏として祀られます。

失敗した場合は無縁仏として葬られます。

この過酷な修行は、単なる苦行ではなく、深い精神性と献身的な姿勢を必要としました。

木食行と土中入定は、即身仏になるための重要なプロセスであり、その過程には、自己犠牲によって人々の苦難を代わり、平和と安定を祈願するという強い意志が込められていました。

木食行や土中入定という言葉は聞いたことがありましたが、具体的にどのような修行なのか、よく理解できました。

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自らの意思で仏となった即身仏。ミイラとの違いは? 壮絶な修行と信仰、現代へのメッセージ。山形・新潟の即身仏を巡る旅。